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2008年1月 1日 (火)

手放して得たもの

帰国して3年目の正月を迎えた。昨年父が他界して派手なことはできないがその分久々にゆっくりした元旦を迎えた。

1年目は母が倒れ介護、昨年は父の病院探しに必死になって走り回っていたお正月だった。

思えば私は幼い頃よりお正月というものをゆっくり過ごしたことがなかった。ずっと商人の家庭で育ってきた私は正月はいつも仕事始めの準備に追われていた。そして、百貨店に勤務していた頃は2日には初売りがあり早出、海外ではいつも1日から働いていた。こんなにゆったりした正月は大げさではなく生まれて初めてかもしれない。今まではそれが私の運命でもあった。

古代の日本人は、年の初めとしての正月は、年神様が来訪して人々を祝福し、寒い冬籠りの生活から春の初めを感じる時季としていたという。つまり生命力の復活する春を迎える時が正月であって、それを喜び祝ったのが、生命力の根源だった。いまや人々の意識しないこの現象(立春の時期も違う)が、今も賀詞としての「新春」「迎春」という言葉に残っている。

私は三越やディズニーという地位も年収も手放したが、そのお陰でコーチという天職に出会えた。今年はその巡り会いに感謝し、道をしっかり見極めひたむきに頑張っていくだけだ。穏かで静かな正月を迎えられたことに心から感謝したい。

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