« 2011年2月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年3月

2011年3月22日 (火)

近き心を労わり、遠き希望を見つめよう

大阪で大久保さんプロデュースの縁かいな夢倶楽部のチャリティー講演をさせて頂いた。

この講演は震災以前から決まっており、今回このような大災害の試練を受け私達は誰もが胸が潰れるような思いをしている中で正直言って今回の講演を辞めようと思っていました。

でも大久保さんからこんな時期だからこそやって欲しいという皆さんからのメールが多いことを聞いて自分にもう一度問いかけました。私が今できることは何だろう、私は何がしたいのだろうと。東京は未だ余震も多く原発の恐怖、計画停電もあり張りつめた空気であり母を残して大阪にくることも心配でした。

今同じこの瞬間、愛する人を無くし、寒い中歯を食いしばって耐えている人達がいる。

原発という想像絶する恐怖に日本中の人達の生を背負い勇敢に戦って下さっている人達がいる。

今の私にできることは言霊師として伝え人として明日の日本を復興していく為のエネルギーを皆で蓄えていくお手伝いをさせて頂くことだと感じました。そして、収益を義援金とさせて頂き少しでもお役にたてればと思い開催させて頂きました。

当日は沖縄の縁かいなのプロデューサーの優子さんやわざわざ倉敷や滋賀からも駆けつけて下さり60名近くの方にお集まり頂きました。心より感謝致します。お話しをさせて頂く中で皆さんの気持ちも同じだという事をひしひしと感じました。皆さん心を痛め何かさせて頂きたいと思ってらっしゃいました。

私は食事を取る時、お風呂に入る時、夜寝る時、朝起きた時心の中で感謝するようになりました。

そうやって一日を過ごしていると何気ない生活の中でどれだけ感謝することが多いのか見えてきます。

何気ない一日がどんなに幸せか気づきます。

今この瞬間にも耐え戦っている仲間がいるのです。

私達は感謝の気持ちを忘れず、震災にあわれた方の近き心を労わり、遠き希望を信じ見つめましょう。そして多くの仲間が手を携え明日の日本を復興する為に立ち上がる勇気とエネルギーを蓄え与え続けましょう。だって私達の祖国日本なのですから

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2011年3月12日 (土)

祈り、心に寄り添う

皆様地震の被害は大丈夫でしょうか。何かお困りのことはありませんか。

私は外出寸前で自宅で激しい揺れが来てCDは倒れ、お位牌はお落、こんな激しい
揺れは初めての経験で直ぐに1階にいる母に寄り添っていました。
もし外出していたら帰れなかったでしょう。
その後三越でお世話になった方が四谷にいらして帰れなかったので自宅に泊まって頂きました。
今は祈り、自分に何ができるか考えていきましょう。まずは身近に節電。
コーチとして皆さんの心に寄り添いましょう。
多くの皆様にお見舞いのメールを頂戴しております。
ありがとうございました。
皆様もくれぐれも余震などにご注意下さい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月11日 (金)

声の芸術家 相川陽介

先日友人の相ちゃんの初春講演の舞台を見に行ってきた。彼はプロの朗読家なのだが、舞台自体は歌あり、落語あり寸劇ありとエンターティメント性にとんでおり楽しかった。彼とは何回か新春書初め+朗読+講演という型でジョイントさせて頂いたが、とても感性豊かな素晴しい芸術家だ。今彼は相川流声道の確立を目指しイタリアのボローニャで研鑽を積んでいる。彼が世界を代表する声道の匠とあんるよう心から応援したい。

Tcbny_012

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月 6日 (日)

橘家芸者達のゼロの焦点

松本清張のゼロの焦点を見た。戦後の混沌とした時代に娼婦として生き抜いてきた女達が今の幸せを失わない為過去を消し去る為殺人を犯していまうという悲しくも切ない物語だ。

これを見ていると私が幼い頃接してきた芸者さん達を思いだす。彼女達は多額の借金を背負い、子供を育てながらも逞しく、明るく生き抜いていた。生きるということは綺麗ごとだけではないことを私は幼い頃から感じてきた。彼女達が歩んできた生き様を思うとしらずに涙がこぼれてくる。生きていれば70を越えているだろう彼女達は今幸せなんだろうかと思う。幸せであってほしいと願う。

人は生きている限り誰もが幸せになりたいと願い、又幸せになるべきだと思う。戦争は勝っても負けても後々迄悲劇を生んでいく。人のかけがいの無い人生を故意に奪うべきではない。

多くの人が幸せになれるよう自分のできることをやっていく、それが今を生かされている私達のお役目だと思う。

Cimg1004

4175954_18280619071_2 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 4日 (金)

清浄観

観音の五感のひとつであり、煩悩の穢れなく清らかな汚れのない境地のこと。私達は生きていくうちにどうしても心に垢をつけてしまう。それが、驕りや焦り、妬み、僻みなどになり表面化してくる。物事を判断する時心に垢のついた状態で判断しては間違った方向に行き自分のみならず周りも傷つけてしまうことがある。だから時には深く内観する時を持ち心の垢を洗い流す作業をしていかなけらばならない。

Img_6936

天台宗妙法院問跡 第五十一世門主 菅原信海氏 書

Img_8632

五部浄像 三十三間堂

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年6月 »